いつからだろうか。鏡を見るたびに、後退していく生え際から目が離せなくなったのは。いわゆるM字型の薄毛が進行し始めてから、僕の自信は髪の毛と共に失われていった。風の強い日は最悪だ。前髪で必死に隠しているM字部分が露わになるのが怖くて、外出するのが億劫になるほどだった。帽子はいつしか、僕のコンプレックスを隠すための必需品になっていた。そんなある日、友人が勧めてくれたのが、近所に新しくできたバーバーショップだった。「お前の悩み、フェードカットにしたら解決するかもよ」。半信半疑だったが、藁にもすがる思いで予約の電話を入れた。店の重厚なドアを開けると、革張りの椅子とポマードの香りが僕を迎えた。少し強面のバーバーに、僕は震える声で悩みを打ち明けた。「M字が気になっていて…短くしたらもっと目立ちますよね?」。彼は僕の髪をじっくりと見た後、ニヤリと笑って言った。「大丈夫。隠すんじゃなくて、格好良く見せてやるよ」。その言葉に、僕はすべてを任せる覚悟を決めた。バリカンの小気味よい音と振動が頭皮に伝わる。サイドとバックがどんどん短くなっていく。不安と期待が入り混じる中、カットは進んでいった。そして、全ての工程が終わり、鏡の前に座り直した時、僕は息を呑んだ。そこにいたのは、今まで見たことのない自分だった。M字部分は隠されていない。むしろ、そのラインを活かすようにサイドは潔く刈り上げられ、トップの髪は力強く立ち上げられていた。コンプレックスだったはずの部分が、ヘアスタイルを構成するデザインの一部になっている。それは、僕にとって革命的な出来事だった。あの日以来、僕は帽子を被るのをやめた。風が吹いても、もう怖くない。髪型一つで、こんなにも世界が明るく見えるなんて。フェードカットは、僕の髪だけでなく、心まで軽くしてくれたのだ。
フェードカットが僕のコンプレックスを消した日